2024年になったのか
退学したいと申し出たとき、2人の教授から休学を提案されました。
震災で母と弟を亡くした私の現状を考慮したのでしょう。加えて自殺未遂です。私は冷静だと訴えましたが、こういう状態を世間は「情緒不安定」と判断するらしい。
手を変え品を変え、私がどんなに説得しても、大人はかたくなに認めなかった。
キミのためだからと言う。いつかの日のキミが後悔しないため。いまこの瞬間の願いすら届かない世界で、将来の私に後悔がないなど、どうして思えるのだろう。
説得に説得を重ねてる状態が気味悪くて、顔面の筋肉が引き攣り始めて、なぜか笑ってしまいました。心臓がばっくんばっくんしていて冷や汗が止まらないまま笑う私を、教授たちは引いた顔で見ていました。
「とにかく、時間を置いてゆっくり考えてみなさい」
笑顔は三秒と持たなかった。
時間が経てば、震災が起こる前の日本に戻るのか?
死ぬことは叶わなかった。
本当に自殺したいのなら死ぬまで試せばいいのに、私にはできなかった。
三階から飛び降りたときにみた景色が忘れられない。空が落ちてきたような、地面が急速に迫ってきたような、あの光景が何度も頭を過ぎる。ベランダの前に立つだけで手足が震えた。
首吊りは論外でした。きっと何年ものあいだ、ずっと死にたかったであろう先生の死に方を真似るのは冒涜に思えました。刃物での自害は母と被る。私が死んだ後、だれがどんな暴言を吐くかわかったもんじゃない。
ああ、でももう、
私に関心を向ける人はいないのか。
みんな死んだ。
たった一日を生きるだけで、気が遠くなる。
本格的にネットにのめり込んだのは、この時期でした。
朝昼は小説とブログを更新して、夜はキャバかクラブで華やかに過ごし、流れる時間を勉強にあてることはなく、空っぽの毎日を潰すように消費して生きました。
大学は中退しました。
しかし大学側の配慮で『付属の短大へ編入して卒業した』ということになりました。編入試験は受けていません。特別待遇です。親の力でしょう。世の中にはこういう、世間の常識を捻じ曲げるほどの、生まれ持った権力というものがあります。
正社員で就職した会社も、すぐに辞めました。
家も服もご飯も、私を好きになる人たちが全部恵んでくれる。誘ってくれる人は絶えなかった。
私は狂ったように遊び出しました。
ネットのなかに閉じこもり、現実から目を背け、私の本名すら知らない男と肌を重ねる。これだけの災害に見舞われ、多くの知人を亡くしても、楽しいときは普通に笑える自分をクズだと思いました。
◇
ゆき、という偽名を持ちました。
なまえの音だとか意味だとかはどうでもよかった。岩手に帰って最初に実感した故郷の特徴を名に据えました。あのとき最初に感じたのが海のおとなら渚だったし、潮の香りなら風だった。
世界が死んだあの朝に、新しい名前が欲しかった。
なのに、すぐこうやって私は、ゆいが好きだったものになぞらえる。もういないものにばかり囚われる。
なまえを変えるだけで、違う人間になれた気がしました。実名が負担だったことを知りました。
「ぎゃ/る/る」という出会い系アプリで、とある演出家と出会いました。
そのアプリは、GPSを使ってユーザーの顔写真や住所を閲覧することができ、チャットを使って会話ができるというものです。その演出家は『近所に住んでいるので話しませんか』とメッセージをくれた人で、住所と顔写真以外のすべてを非公開にしているところが、逆に安心できました。
近くのバーで何度か飲み、そのとき彼が持っていた資料に某有名声優のなまえが載っていました。
「なにそれ。台本?」
「んーまぁ」
「声優なの?」
「んー…それに近い仕事」
たじろぐ雰囲気を察して、私は好きな漫画や声優の話をふっかけてみました。最初は警戒していた彼も、時間の経過と共に素性を喋ってくれました。
「実はオレ舞台の演出しててさ。○○ってアニメ、こんど幕張メッセで舞台やるんだけど、観にくる?」
関係者席のチケットを貰い、私は当日遊びに行きました。
好きな声優に会いたいとねだれば「知り合いの女優って言って会わせてあげるよ」と舞台裏に連れてってもらい、某声優と知り合いになりました。話したのは3分程度でしたが、そのとき連絡先を交換して、気軽に遊びに行く仲になりました。
私はその声優から業界のノウハウを学び、私は声優に夜の遊び方を教えました。軽く誘えば軽く乗ってくれる人でした。歳が15以上離れた相手でしたが、彼は私を軽視することはなく、おもしろがるようについてきました。
「おまえ女優って嘘だろ」
出会って4回目で、嘘がバレました。
私は笑って聞きました。
「なんでわかったの?」
「あの事務所に、そんなやついねーって」
「調べたの?」
「まぁね」
飄々としているようで、抜け目のない人でした。
バレるだろうなとは思っていたので、あらかじめ打ち合わせておいた嘘をつきました。
「キャバクラで知り合ったから言いづらかったんだ。ごめんね?」
「そうだと思ったよ。おまえ派手だもん」
私がキャバ嬢なのは事実なので、店の場所や名前を聞かれてもすらすらと返答できました。
演出家は既婚者のため、出会い系で知り合ったことがバレるとまずいのです。
演出家から派生した交友は、声優、俳優、AD、作家と広がりました。
時間に余裕のある私は、不規則な生活をおくる彼らにとって都合の良かったのでしょう。散歩に誘われた犬のようについてくる私を、たくさん可愛がり、優遇してくれました。
もちろん、中には良心的な人もいて、誘われれば軽く応じる歳の若い私を心配するひともいました。
そういう人は獲物です。
裕福な家庭事情は伏せ、不幸自慢にならないよう控えめに、針の穴に糸を通すような気持ちで相手の様子をうかがいながら、身の上話をしました。
「大変だったんだね」
でも、だけど、いまは楽しいよ。こんなにたのしい経験をしたのははじめてだから、あなたと出会えてすごくうれしい。あなたといっしょに過ごすじかんが、いちばんたのしい。
甘い言葉を使うたび、人はたくさんのものを分け与えてくれました。傷を抱えた人間が健気に生きる様は美しくみえるのでしょう。創作ブログで出会ったアキラくんは、私の事を「自分の可愛い角度を知ってる小賢い犬」だと例えました。その通りです。
だって、みんなそうでしょう?
私は生まれもった性と容姿に愛嬌を装備して生きているけど、そんなの全世界の女がやってることでしょう。狡賢さのない天使のような人間なんて、どこか壊れてる気がしませんか。私に好きだと言う人は、私の不幸に魅せられたんじゃないですか。
「欲しいものがあったら頼ってね。キミみたいな子を助けてあげたい」
きれいに飾った健気なことばに感化される偽善者どもに反吐がでる。平等を信じるなら博愛になれ。自らの持つ富みを分配しろ。
「ありがとうございます」
置かれた場所で咲きなさいって、言うでしょう?
ひどい言葉だと思いませんか。コンクリートや砂漠で花が咲きますか。健全な心が宿ると思いますか。
時間の使い方は、そのまま、命の使い方なのです。
私はあんなひどい環境で命を浪費したくはなかった。生まれ育った町も家族も友人も捨てて、なのにすべてに縛られて、私は生きている。
30万のワインも、全額無料の海外旅行も、ディズニーランドのVIPルームチケットも、私が普通に生きていたら経験できないような毎日を過ごしました。
感謝する気持ちが微塵もないといえば嘘ですが、それでも自分の都合の良いように状況を転がしていると、妙な慣れが生まれてきます。私もこの莫大な時間を消費する暇潰しとして、彼らを使いました。
◇
ラクのことは、よくわからない。
ラクは家族全員を亡くしました。彼の家は海の傍だった。
一緒に岩手に帰って以来、ラクは平静を取り戻したように大学に通うようになりました。私が辞めると告げたときも、彼だけが「そう」と言ったことを覚えています。
付き合いが途切れては繋がり、長い間会わなかったと思えば学食でフラりと隣に座る。ゴムのように伸びては一気に縮むラクとの距離を、なんと例えるべきか。
「今日ひま?」
セックスする夜もあれば、テレビを観ながら眠る日もある。
暇な日もあれば暇じゃない日もある。
私たちという2人がいかに扱いづらい存在か、周囲の目をみればわかる。
哀れんで手を伸ばすべきか、そっと触らないでおくべきか、邪魔に思うことはないけど、いろんなことを自重してしまう。なにを言っても気休めにならない遺族を目の前に、彼らが戸惑う姿は雰囲気に滲んでいました。
20歳。
大人と呼ばれる年齢に達した直後、すべてを失くした私たちは、言葉もなく寄り添いました。
恋でもない、愛でもない。業の深い絶対的ななにかで結ばれている。
「人に依存したの初めてかもしんねぇ」
情は、だんだんと形を変えていくものなのかもしれない。
世界を遮断するように深く毛布を被りながら、ラクは私を抱きしめて泣く。
「おまえとゆいの関係が気持ち悪かった。おまえらが寝てるの知ったとき、心底軽蔑した。同性の癖になにやってんだって。なんであんな依存しあうんだろうって」
ラクは私の胸元に顔を埋めて小さく喋った。ラクと寝た女の子たちは、ラクの与える快楽に酔って自慢するようにその行為の内容について語ったけど、私とラクの行為はいつもあっさりしてた。声も出さない短いセックスだった。
私はラクに、ゆいを重ねてる。
「おれ、ひとりになったことなかったから、わかんなかったんだわ」
この人も死ぬのかな。
腕に抱きながら、いつも思いました。
もう、正気に戻ることはないだろう。
昔のように、純粋だった頃には戻れない。いつだって人の死は業の深い爪痕を残してく。
私たちは欠落を抱えながら生きていかなければいけない。
◇
朝も昼も夜も、遊んで過ごしました。
勉強漬けで、やれ習字だ塾だダンスだと通わされていた頃の、隙間にできた余り時間とはちがう、完璧な自由でした。訪れなかった子供時代を楽しむかのように自由を満喫しました。
心がこんなにもハシャいでいるのに、体に異変が生じました。
「なにこれ、味おかしいんだけど」
ラブホのアメニティにあったインスタントのコーヒーを淹れ、飲んだときでした。色や香りはあるのに、味がほとんどしませんでした。しかも苦味ではなく塩味を感じました。
不審に思って一緒にいた男にそれを渡せば、男は一口飲んで「そうか?」と首を傾げました。
「いいもんばっか食ってるから、インスタントが口に合わなねーんだろ?」
彼は皮肉に笑って、コーヒーを飲みました。
「げっ、みゆき来てんじゃん。ハコ変えよ」
人が溢れかえるクラブのなかで、一緒にいた女の子が気遣うように私の手を引いて、場所を移動しました。彼女の言う「みゆき」が誰だかわからず、私は彼女に聞きました。
「みゆきって人と仲悪いの?」
「は?何言ってんの?」
セフレ関係でゴタゴタ喧嘩してたじゃん。
どうやら『みゆき』と仲が悪いのは、私でした。すっとぼけて「いつの話だっけ?」と聞けば「先週だよ」と返されて「もう仲直りしたの?」と呆れられる始末でした。
たぶん和解はしてないのだろう。
私が『みゆき』を忘れているから。
深夜に、人が壁を這いずり回る音がしました。
ぺたぺたぺたぺた。
当時、私が住んでいたマンションは、人が登ってこれるような高さではありません。最初は驚いて悲鳴をあげたり警察に通報しましたが、ベランダに人はいませんでした。
やがて私は、それが『幻聴』であることを理解しました。
小さい頃、母が死んだときに書いた『イチョウの木』を思い出しました。
ストレス耐性が低くなってきてる。しかも、よくわからないところで発症する。先生や弟のことは忘れてないのに、母が死んだ日の前後の記憶は消えた。ゆいとの思い出は深く根づいているのに、『みゆき』という子の接点はすべて忘れた。
自分の身に起こった症状をまとめて、ネットで調べてみました。
若年性健忘症
味覚障害
統合失調症
欝
さまざまな病名がヒットしましたが、医者には行きませんでした。診断書も病名もいらない。体の不具合や病気という名の肩書きを、自分を誰かに語りたいわけじゃない。
生活に問題のない程度の人格障害なら構わない。人に危害を加えなければ。私のこれはせいぜい、思い込むと火傷をするプラシボや、腹が膨らむ想像妊娠とおなじ部類だろう。
メンテナンスする必要はない。
ひとはみんな死のキャリアだ。
生まれた瞬間から死に向かって歩んでる。
歩く人もいれば走る人もいる。
どの症状にどんな名前があってどう体を蝕むのか知らないけど、自殺以外で死ねるなら本望でした。
◇
半年程度でしょうか。散々遊びました。
睡眠をあまり必要としない私の体は、無理をすれば無理をするほど馬車馬のように動きました。
本は何冊読んだだろう。一日で読破する量が5を越え10を越え15を越える。目が悪くなるからと自制できていた頃の私はいない。数時間後の予定さえ気分で決める堕落した日々だ。視力という代償は大きかったけど、狂ったように本を漁る日々は充実してました。
ある日、知り合いのADからこう言われました。
「出版社いけば?」
出版社。私はすぐに否定しました。
「無理ですよ。もう新卒じゃありませんし、四大出じゃないと採用してもらえないです」
「繋いであげようか?」
体の肥えたADでした。体積が大きくて、風船みたいに顔が膨らんでいて、なのに話す内容がおもしろくて、はっきり喋る。毒舌気味で学歴ばかりを気にする小さい人。中卒と言った私の嘘を信じてるくせに、私に本気で就職を勧めるひと。変な人。
「オレ、コネ多いんだよね」
ADは、身内が出版社の社長であることを話しました。
そこは『鬼社長』といわれる、有名な出版社でした。
◇
第一印象で「ダメだ」と思う相手がいます。
社長はそういう人でした。
「おまえ猫背?」
ADが取り持ってくれた食事会の、第一声がこれでした。
運悪く生理が始まった当日で、食前なのでロキソニンも飲めず、お腹を庇うように目を伏せていたとき、不意に言われました。私は背筋を伸ばしました。
「姿勢が悪くてすみません」
するとそこで、社長が私をじっとみました。
「いいね。いまここで『そんなことないです』とか的外れなこと言い始めたら、もう帰ろうと思ってた」
ああ、この人は苦手だ。
人の中身をしっかり見る人だ。
出会い系やクラブで出会った人間には総じて「中卒」と嘘をついていたため、何から何までを包み隠さず話したのは、久しぶりでした。名目上は「顔合わせのお食事」でしたが、社長から飛んでくる様々な質疑応答はほとんど面接でした。
若者の浅知恵だと、げんなりするような返答しかできなかった自分を悔やみました。
落ちたな、と何の感慨もなく思いました。
もう二度と、この人に会うことはないだろう。
◇
「やほ」
Y管理人はハリケーンみたいな人だ。
突然やってきて、突然消える。
彼女は約1年放浪した後、近所のスーパーから帰宅したみたいな軽さで帰ってきました。
私がY管理人の家に人を連れ込むことは一度だってなかったけど、寝室の扉をいきなり開けるのは本当にやめてほしい。
「おかえり、なさい」
「震災ごめんな。なんかしてほしいことあるか?」
人に何かを与える力がある人だから、こういう発想に行き着くのだろう。意外に優しく口の端を持ち上げたかと思うと、ベットの上で、ぎゅうっと抱きしめられました。
肉体的なコミュニケーションが嫌いな彼女が、こうして抱きついてきたのは初めてだったので、まずそっちに驚きました。
「おとうとが」
「うん?」
「しにました」
読んでいた雑誌を手放して、Y管理人の背中に手を回そうとすれば、彼女はさっと離れていきました。
「泣いた?」
泣いたっけ。
どうだったっけ。
新宿に別宅をもつY管理人は手ぶらで、髪からはシャンプーの香りがして、長い爪がキラキラしていて、一見ギャルみたいな人なのに、このひと東大から編入して海外行ったんだよなとか、どーでもいいことを考えて。
「Y管理人」
「んー?」
「舌がおかしい」
「はぁ?」
なんでそんなことを彼女に伝えたのか。
「甘いの食べると、苦くなるし、コーヒー飲むとすごいすっぱい。夜になると窓からぺたぺたおとがするし、なんか、記憶がおかしいの。わたし、むかしから、怖いことがあると、へんになっちゃって」
支離滅裂なその言葉を、Y管理人は黙って聞いてくれました。
人が与えてくれるもので生活しておきながら、いい大人の癖に社会にも出ず、大学も辞めて、失くしたものの大きさに精神を病んで、死にたい死にたいって願うだけのクズが、なにを言ってるんだろう。
一人前に稼いで、自分のお金で自由に生きて、私みたいな野良を養って、こんな立派な人間を目の前に、なんて浅はかな愚痴をこぼしているんだろう。捨ててくれと言ってるようなものだ。
ぼろぼろと喋りだした私の言葉を、最後まで聞いたY管理人は私をしっかり見つめました。
「終わりか?」
頷けば、腕をひかれました。
「病院いくで」
ああ、そうか。
Y管理人は先生じゃない。先生みたいに私のゆがみを自ら解析するような人じゃない。病院。
あたまがおかしいとおもわれた。
「おふろにはいりたい」
短く告げると、Y管理人は私を静かに見つめて、あかん、と否定しました。なんでよ、と笑って立ち上がれば、突き飛ばすように腹を押されてベットに倒れました。
「いま、財布と携帯みたやろ?どこいくつもりやねん、おまえ」
聡い人の、こういうところを苦手に思う。
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