2024年になったのか
高校、卒業式。
私は花を呼びだして、式をサボりました。3年間通った思い出の学び舎です。
なんの感慨もない終わりでした。
卒業式という1日を欠席しただけなのに、ぼんやりとした、中途半端な終わりに感じました。入学式や卒業式といった門出を大事にする意味がわかりました。区切りが曖昧だと気持ちも曖昧になる。
一度決断すると高校なんて二度と足を踏み入れたくないトラウマの地でしたが、大学に卒業証明書を提出しなければなりません。
私は校舎から人が消える時間まで、花と時間を潰していました。
「大学に行っても遊んでくれる?」
花は言いました。私は都内の大学へ、花は地元の大学へと進学が決まっていました。
「いいよ」
私は軽い口調で同意しました。
「じゃあ、私が呼んだら必ず来てね。私が呼ぶまで連絡してこないでね、したら切るから。粘着質な人は嫌いだよ」
その言葉をきいて、諦めたように笑った花を覚えてます。
昼を少し過ぎた頃に、花と別れました。
花と会った最後の日でした。
◇
高校を受験するときに願書を提出したロビーで、私は卒業証書を受け取りました。
なんて呆気ない3年間だろう。校内に在校生は残っておらず、閑散とした光景が広がっていました。
思い残すことはない。帰ろう。
と、思った瞬間。
腕をガシッと掴まれました。
「ハァイ」
フレンドリーに片手をあげて私を見下ろす、生物学の教師に捕獲されました。
「うわ…」
「よお、なーに裏口から卒業証もらっちゃってんだぁ?コソコソしやがってこのやろう、一生もんだぞ」
教師は私の卒業証をまんまと奪い取って歩き始めました。
「ちょ、それ必要なんですけど!」
「はぁ~?何に?」
「大学の証明書に!」
「おまえ頭良いのに馬鹿だねぇ」
裏口から入った私は当然、校内シューズなど持参しておらず、教師はわざと校内を歩いていきました。在校生がいたらどうしよう。ためらう気持ちは強かったけど、まあ教師と一緒なら攻撃されることはないだろうと腹をくくって、教師のあとに続きました。
教師は真っ白でボサボサのきのこ頭をふわふわさせながら、校内を探索するように隅々まで歩きました。
「特進ってさあ、なんで学校の合鍵持ってんの?」
「…自分は、委員会の鍵閉め当番のとき、間違えたふりして持って帰りましたけど」
「いや、鍵当番が生徒の部屋はね、もう諦めてんのよ。おまえらの悪知恵に対策とっても無意味だし。問題はさ、空き部屋とか南京錠の鍵とかが出回ってることなのよ。なんで屋上入れるやついるわけ?」
「屋上の鍵は、なんか代々受け継がれてるとか」
「へぇ~。流派みたいだなぁ~」
校内には誰もいませんでした。
手足がひょろりと長い教師は、目的のない雑談をしながら体育館に移動しました。
椅子と椅子の間にできた通路をひょろひょろ進み、教師は体育館のど真ん中で、筒から卒業証書を取り出しました。
「卒業証書!授与!!!」
「……え~…」
「以下同文!!!」
「いや、前の人いないし」
笑いました。
なんて雑な授与なんだと思いながら、気遣われてるんだなあと思い、卒業証書を両手で受け取ろうとしたら
「……ん?」
教師が卒業証書を手放さない。よって私も受け取れない。
「先生、授与。授与して」
「………。」
「せーんせ?」
「高校は」
教師は証書から手を放して、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でました。
「高校は、苦痛だったか?」
どうしてこんな言葉で、と、思いました。
ゆいが私を遠ざけても、クラスメートが私を死ねと罵っても、逃げる場所すべてに追いかけてくる過激な女子がいても、私は泣かなかった。弱音を吐けば崩れる。慰めなんてひとつもない孤独な場所で、一人で泣くほど虚しいことはない。
「さいあく…」
過呼吸にちかい、暴力的な苦しみでした。
痛いことは耐えられる。だけど不意に与えられるやさしさに脆い。ぼろぼろと壊れたように泣きました。
「学校じゃ、ぜったい泣かないように、してたのに。マジでさいあく。ありえない…」
「おー。泣け泣け。卒業っつーのは、そういうもんだ」
なにも知らないくせに。
私のことなんて何も知らない、他人なんかの言葉で。
◇
教室に教科書や荷物を置いて帰るな、という教師の言いつけを潔く聞き、私は自らの教室を訪れました。黒板には『卒業おめでとう』の文字と、生徒全員のなまえが書かれていました。
私の名前はだれが書いてくれたんだろう。クラスメイトとして名が記されていたことが、すこし嬉しかったです。
机を整理していると、机の中から四つ折の紙がでてきました。レポート用の便箋です。二枚重なって折り込まれていました。
『先輩へ』
手紙でした。一目で「ゆいの文字じゃない」と直感して、気持ちが萎えました。
手紙には良い印象がなかったので捨てようかとも迷いましたが、先輩へ、ということは後輩がくれたものでしょう。私は2年までテニス部に所属していたので、あのときの後輩のどれかかと思い、警戒心を解いて、畳まれた紙をひらきました。
そこにはぐちゃぐちゃな文字が並んでいました。相手の名前はありません。
内容も要点がまとまらず、初めて手紙を書いたのだろうと伝わる不器用さがありました。
それはラブレターでした。
テニス部に入部して一目ぼれしたこと、実は私と接点のある人間だということ、図書委員で私が書いたPOPの小説を読んだこと、部活の休憩時間に私が罰ゲームで踊った「くるみ割り人形」に感動したこと、私が苛められていたことを知ってること、なんども声をかけようと思って挫けたこと、やがて私に花やラクなどができて安心したこと、ずっと憧れていたこと。
たぶん男子からの手紙でした。
硬式テニス部は男女混合で仲が良かったことを覚えています。ゆいと出会い、部活は二年の夏で辞めてしまいましたが、あそこにも多くの記憶が詰まっていたことを思いだしました。
文章の終わりまで名は明かされず、好きです、ではなく、憧れでした、と書かれてました。
『がんばってください』
最後は励ましの言葉で締めくくられた手紙を静かに畳み、私はゆいの机を眺めました。
ゆいは優しい子だった。
母親との確執、どうしようもない憤り、日に日に疲弊していくゆいの力ない手を握り返してあげられるのは、私だけだと思ってた。
もう一度、必要とされたかった。
毎日一緒にいて、誰よりも優先して、あの子のためにすべてを捧げたかった。今まで盲目的に渇望していた愛情を、頭の先から爪先まで浸透させるような、彼女の深い執着が欲しかった。
私にとって、この高校は苦痛だっただろうか。
教師のことばを思い出しました。
私は苦痛だっただろうか。ゆいに「死ね」と言われたあのとき、死のうと決意できたのは、絶望に心折られたからだろうか。
答えなんて、考えなくても決まってました。
◇
「高校は楽しかったです」
職員室に行っても生物学室に行っても捕まらなかった教師をようやく見つけたのは、三階の廊下でした。教師は受け取ったことばを聞いて「ああそう」と流したあと、「屋上入りたい?」と私を誘いました。
「オレが担当したクラスがさ、最後にクラス全員の集合写真が欲しいっつって、屋上いきてぇって駄々こねたんだよね」
「はぁ」
「オレ学年主任だから権限あるし、許可しちゃったけどね」
◇
屋上は、一言でいうと普通でした。
あと金網が低かったです。胸元程度。危険防止というより「ここから先は足場がないよ」という区切りみたいなもんでした。あらかじめ人が立ち入ることを視野に入れてないつくりです。
「不登校の生徒を屋上に連れこむって、先生馬鹿でしょ。私が勢い余って飛び降りたらどうするんですか」
「なんで飛び降りんの?学校楽しかったんでしょ」
揚げ足を取る人だ。
「自分の持ってるもの10個言ってみ」
「はい?」
「10個いえたら帰って良い」
この教師は私がテニス部だったときの顧問でもあるんですけど、飄々としていて何を考えてるのかまるで理解できないことが多々ありました。
「…頭がいい、家がお金持ち、弟が優秀、友達が美男美女、尊敬できる恩師がいる…」
10個きっちり言い終えたところで、教師が言いました。
「難儀だなぁ」
教師は胸ポケットからペンを取り出すと、私の首元に人差し指をひっかけて、リボンを盗みました。突然のことにぎょっとした私の頭を軽く叩いて、教師はリボンにペンを滑らせました。
「人の制服に落書き!?」
「もう使わないでしょ。…あ、ついでにおまえのこと心配してた奴らの名前も書いとこ」
「ちょっとおおお!!」
返されたリボンには沢山の名前と、それから10個の数字が書いてありました。
「なにこれ」
「オレん家の番号。おまえが将来、いつかどこかでポキッと折れたら、電話しなさい」
「え、家電?」
「携帯は変わるけど固定電話は安全だろ?奥さん出ると思うから、ちゃんと『○○高校でお世話になった教え子です』って説明しろよ」
「電話なんかしないと思いますけど」
「それが一番なんだよ」
教師とは、それから少しだけ話して、グランドの風景をながめたあと別れました。
私はもう一度、自分のクラスに戻りました。
そして席に座り、手紙の返事を書きました。
届ける当てはありません。私は手紙の返事を書き終えると、それを破ってゴミ箱に撒きました。
自己満足です。
もらうばっかりは嫌でした。
そのとき、ゴミ箱のなかに、ゆいのシューズ袋を見つけました。
私は手紙を撒いたあと、シューズ袋を拾い、彼女が手書きした名前の部分をはさみで切り取って、財布の中にしまいました。
教師に言った言葉は嘘じゃない。
私は、この高校にきたからこそ、人を好きになった。
ゆいとの出会いを、不幸なんて呼びたくない。
私は不幸なんかじゃない。彼女がすきだ。とてもだいすきだ。こんなにもこんなにも人を好きになることができて、もしかしたら世界でいちばん幸せなのかもしれない。
私は生涯、彼女を誇ろう。
目覚めたくない朝は、彼女が歩むだろう輝かしい一日を祝福して、眠れない夜は、彼女が私に分け与えてくれた優しさを思い出そう。
がんばってください。
名前も知らない後輩の声が、聞こえた気がしました。
◇
高校からいちばん近い海に、携帯を投げました。
中学はソフトボール部だったので遠投は大得意です。二つ折りの携帯はポーンと半円を描いて、海のそこに沈んでいきました。
私の携帯に番号を登録しなかった先生は確かに正しい。
さよなら高校生活。
さよなら。
◇
義母はずっと、私の取り扱い方に悩んでいたような気がします。
義母には連れ子がいました。私にとって、父の血を引いた腹違いの男の子です。弟と同い年の弟でした。
父は、私たち兄弟が生まれた頃から、別のところに家庭があったんです。
崩壊していく家庭を再構築するより、よそで新しい居場所を作った父を責める気はありません。
ただ、父が死ねば財産が残る。これでもう父を殺せなくなりました。私が父を殺せば、相続権は弟に引き継がれず、義母や義弟に流れる可能性が強くなります。
新しい母について、どう思うかを弟に聞いたことがあります。
「悪い人じゃない」
そうだね、と同意しました。
私もそう思う。
会食に出かけるときは私に服をプレゼントして、以前猫を飼っていたのだと知れば猫を買ってくれた。クッキーの作り方も教えてくれたし、私が好きな小説家を自宅パーティーに招待してくれた。私の誕生石に、螺旋型の羽がついた光の粒を描く弟の絵を「きれい」と褒めた。
親切な人だった。私たち兄弟を家族として馴染ませようと必死だった。普通の女だった。本物の母になろうと必死だった。必死になればなるほど食い違った。
私はエメラルドの誕生石より弟のアクアマリンを好んで身につけていたし、弟がキャンパスに描いたそれは死をテーマにした儚いものであり母の評価はあまりにも的外れだ。理解の及ぶ範囲が狭い。
なるほど、と思いました。
父はこういう人が好きなんだ。
母が死んで以来、体の一部が崩れた女の絵ばかり描く弟も、破けた制服で帰ってくる放浪僻もちの長女も、ゆっくりと遠ざけていった父の気持ちを理解しました。
大学に行かなくていい。
そう言われたとき、父の愛情を感じました。
進む方向性が定まらないなら結婚しなさい。その言葉さえ、支えあえる人がいるなら寄り添えと、そういう、意味だと。
簡単でした。父は極めて自分本位なひとだ。変なものには関わりたくない。それが家族だったとしても。
実家をでよう。誰の力も借りずに生きていこう。
決意の夜、私は弟の部屋を訪ねました。
「実家にはもう帰らない。連絡も取れなくなる。たぶん、家族とは二度と会わない」
縁を断ち切りたかった。生きる上で、すべてのものが負担でしょうがなかった。
弟は静かに頷きました。
「オレも、大学は都内受ける。いつかどこかで会えたら、なんか奢ってよ」
翌日の早朝、私は家をでました。たった一人の、血の繋がった兄弟だけが、私の家族でした。岩手に弟を残して、私は東京に行きました。
◇
まず風呂です。風呂。私はどうしても風呂に入りたい。そのためには家が欲しい。大学が始まるまで、あと二週間。どうしよう。
携帯で書いていたブログに、自分の所在地を書きました。写真つきです。パシャー。うんとかわいく盛りました。
【家出しました。誰か拾ってくだしゃあし】
その頃の私には3つ、運営していたものがあります。それぞれリンクは繋がず、各々が独立したサイトでした。
1、ブログリの創作ブログ・管理人リアル
2、レイヤー活動を書いた日記
3、書き溜め小説置き場
私は「レイヤー日記」に書き込みしました。家出女子というレッテルの貼られた未成年に、馬鹿な中年がひっかかればラッキーです。私は心の底から風呂を渇望してました。24時間入らないのは無理。死んじゃう。
すぐさま返信がきました。
『いまなにしてるの』『どうして家出しちゃったんですか?><』『都内住んでるけど来る?』
『ウケる(笑)アクティブですね!』『レイヤー活動はやめちゃうんですか?』
【スタバでだーくもかちっぷなう】
『意外と優雅ww』『上京早々に都内満喫されてるwwさすがですww』『お金大丈夫ですか!』『無駄遣いの覇者かよ…』『飼ってあげるからうちおいでー!』
長期滞在させてくれそうな人間を選抜して、振るいにかけました。アイコンが萌えブタきもい、信者系女子アウト、50歳以上論外。
なかなかいない。
私を拾ってくれる玉木宏似イケメンも、心優しいボランティア系美女も。
「おー。まじでおった」
スタバで隣に座ったお姉さんが、ひょこっと私の顔を覗き込んで言いました。
びっくりして顔をあげれば、黒髪長髪の、スタイルの良いおねーさんがダーク・モカチップを持ってひらひらと私に手を振りました。
「一年ぶり~。ん?半年か?ようわからんけど久しぶり」
私の地方では耳にしない方言。驚くほどの美人。ゆいと張るほどのアイドル顔。人類女子平均を45点としたら、この人はぶっちぎりの95点台越え。上の上。
こんな美人知らない。
「…私こっちの人間じゃないんで、人違いですよぉ」
「スタバでだーくもかちっぷなう」
目の前に携帯画面をつきだされ、そこには私の日記と写真が表示されてました。
「ほれ、この記事消しーや。おまえどんだけ綱渡りすんねん。風呂入りたいんやろ?サンシャインにスパあるから、そこ行こか。とりあえず、これ飲んだら服と下着買うで」
「あ、えっと、購読者の方ですか…?」
「まあな。熱狂的ファンやで」
「コメントくれましたか?」
「そんなめんどいことしてない」
美人はケタケタ笑いながら、私の質問に答えていきました。
私は相手が購読者(受信側)だと決め付けて喋っていたのですが、彼女と話している間にだんだんと妙な確信がでてきました。この、人を弄ぶような会話の仕方、なんとなく覚えがある。
コメントや感想メールのような一方的なものではなくて、もっと身近で、もっと最近。
「…Y管理人さん?」
美人は豪快に笑いました。
「あんだけ熱心にメールくれたんに、うちのこと分からんとか切ないわ~」
これがY管理人との初対面でした。
◇
Y管理人は速やかに私を回収すると、一日で身の回りのものをすべて整えてくれました。服も携帯もご飯もパソコンも、Y管理人が与えてくれました。
「おまえ残金いくら?」
「30万ちょっとです」
「なら無駄遣いやめろ。うちがおまえの世話に飽きてポイ捨てしたとき用にとっとけ」
与えられたものに翻弄されながら、女が女を囲う理由について考えました。
「なんでこんなに買ってくれるんですか?」
「財力があるから」
「なんで優しくしてくれるんですか?」
「タイミングが合致したから」
Y管理人は言いました。
「仕事辞めてん。んで、おまえのブログ読んでたら、ちょうどおまえが徒歩圏内に来とるっちゅーから、じゃあ迎えに行かんとなあ思て」
優しくて冷めた人でした。自分が与えたものに見返りは求めず、だから余計に、手放すときにも一切の躊躇いもみせず切り離す、そういう人です。
「いいか。うちは超絶飽きっぽい。どんだけ執着されても邪魔なときは捨てる。情でなんとかできる人間やない。地雷踏まんよう気ぃつけや」
Y管理人は、ゆいが紹介してくれた創作サイトの作者です。
戦争、同性愛、尊厳死、宇宙、自然破壊。観察と考察の行き届いた筆で描かれる文章の数々は圧巻の一言で、言葉にはこれほどの破壊力があるのかと感銘を受けました。心の琴線がやわらかい学生時代に読んだ彼女の文章は、いまでも財産です。
彼女は某有名大学出身で、その後は外資の職について世界を転々としてました。
私の、創作物+日記というスタンスは彼女のやりかたを真似たものです。
交流期間は2年程度。週末にチャットを3時間・メールのやりとり数百回。
身柄を保護してやろうと献身的になれるほど親しいわけじゃありません。
◇
Y管理人はトップ企業の某検索サーチ社員でしたが、なんか突然クビになったから暇んなった、と簡潔に説明しました。
「つーことで自分探しの旅がしたくて」
「はあ」
「アゼルバイジャンいくで」
「ん?」
どこそれ。
こうして高校卒業から大学入学までの二ヶ月間、Y管理人と共に海外を飛んで回りました。
◇
私の身近にはぶっ飛んだ人間が多かったですが、彼女はその筆頭です。
「タヒチと言えば!」
「…ゴーギャン?」
「というわけで移動すんで~」
「タヒチに!?」
「海みたいねん」
「モルディブじゃだめなんです!?」
どうして地球を急降下してタヒチに行きたがるの!
「なんかダリが見たくなったわ」
「バルセロナ出るときに!行き残した場所はないかと!私さんざん聞きましたよね!?」
そしてサンツ駅に向かう途中、バルセロナからフィゲラス(ダリ美術館があるとこ)までの電車乗車時間が1時間と聞いた途端。
「ありえん。萎えた」
どうしてこう無計画なのか。
「次はフィレンツェ行きたいわ」
「どうして!フランスにいるとき!言わないの!!!」
inノルウェー。
Y管理人が破天荒極まりないという事実を、旅行三週間目くらいに確信しました。
◇
Y管理人がシアトルに行きたいと駄々を捏ねたので、私たちはロサンゼルスの空港で別れました。
「家は適当に使っていいから。もう半年したら帰るわ」
Y管理人は1年半帰ってきませんでした。連絡が途絶えたときは死んだかとさえ思いましたが、ときどき思い出したように自宅配送されるお土産の品々と口座に振り込まれる金をみて『彼女は連絡無精なのだな』と理解しました。
入学式には帰国が間に合わず、大学デビューは完全に出遅れました。
オリエンテーションを受けなかった私は、履修登録もさっぱり意味が分からず、かといって友達がいるわけでもなく、しょうがないので学生センターまで赴き、適度に説明を受けた後、自分のクラスへ向かいました。
大学はとにかく広い。図書館が大きいのは個人的に嬉しかったです。あと、学習部屋が夜遅くまで空いていること。緑がきれいなこと。
「おー!!!」
クラスに向かう途中、前方からピンク色の髪をした男がひらひらと手を振ってきたので、私は無視して素通りしたのですが、捕獲されました。
「おまえ探したわ~。入学式いねえんだもん~。つか卒業式もサボったろ?どんだけ不良っ子なんだよ」
「髪の毛がピンクの男に知り合いはいません」
「イメチェンしました。かわい?」
「腹立つ」
ラクです。彼が同じ大学に通っていることは知ってました。
この大学は準特進の子たちが多く受験している1つです。
◇
「痩せすぎ。食べろ」
ことあるごとに食べ物を勧めてくるラクの甲斐あって、私はみるみるうちに肥えていきました。
「ラクのせいで太った」
「ばっかおまえ、女は柔らかいくらいがちょうど良いんだよ。おまえ身長いくつ?」
「162」
「よし、53キロ目標」
ラクの履修登録を丸写しした結果、授業はすべてラクと同じサイクルで回り、必然的につるむようになりました。
ラクは愛想が良い奴です。
裏表がないオープンな性格と、ポジティブで行動力のある男の子。人に不快感を与えない言動に加えて、長身、細身、猫眼という三拍子が女子に人気だったような気がします。なんだか憎めない、無自覚に人を操る天性のタラシです。そうして人を魅了する天性の才があるラクの周りには、いつのまにか人が集い、気づけば20を越える大所帯になってました。
「たまり場ほしくね?サークル作るか!」
鶴の一声でした。ラクは自分が率いて動くというより、周りを動かすことに長けた男です。
署名運動も部長も別の人間にやらせて、自分は責任のないポジションで悠々と楽しんでました。
やがて半年という時間を経て、我々『天文サークル』が完成しました。
◇
ブログは趣味の範囲に達してました。
通学途中はずっと携帯を眺める日々。コメントに返信して記事を更新。拍手を設置。管理人リアルを創立。アキラくんの『相対性進化理論』と私の『小さい頃には神様がいて』は常にランキングの上位を張っていました。
創作ブログは、大学生の男の子を主人公が一人暮らしをはじめるところからスタートします。
普通の大学生が日常を過ごして、人と出会って、さまざまな思いを抱いて、恋をする。
起伏の少ない日常。仲の良い家族、傍にいてくれる幼馴染。私の理想でした。
読者も定着して、興味のある何人かには自分から声をかけました。
たのしかったです。とても。
ランキング1位のアキラくんと2位の私は、裏でひそかに交流を図ってました。
「馴れ合いとか言われんの嫌だから、ブログには書くなよ」
言いつけは守りました。私たちは飲みに行ったり、カラオケに遊びにいったり、交流を読者に公開することなく、密やかに楽しみました。
メールより電話、電話より対面。お互いの率先的な姿勢が合っていたのかもしれません。アキラくんは男性よりかっこいい女性でした。GADGET GROWのブランドが好きで、センスのあるシルバーアクセサリーを身に纏い、しっかりとした定職に就いていて、トークも切れる。
「ネットで知り合った人間に車の番号把握されていいんですか?私数字強いですよ」
「小娘になにができんだよ。おまえにだったら住所教えたって問題ないわ」
攻撃的な性格なのに引き際がうまい。知識が豊富で機械につよい。好奇心・向上心がある。会いたいと甘えればなんだかんだで時間を作ってくれるし、電話も自分からは切らない。話が弾む。居心地が良い。たのしい。すごくすきだ。
ああ、やばいな。
「私、アキラくんのこと好きですよ」
「あー。自分昔から女の子にモテんですよ。ガチなやつ断るけど」
依存先を失くした私には、アキラくんの存在はまぶしすぎました。
会うたびに、もう会わないほうがいいと思いました。車で送ってもらうたび、離れたくないと駄々をこねて、何度も何度もすきすき言っては困らせて。
恋愛対象というより、姉に甘えるような感覚でした。アキラくんは怒らない。なんだかんだ言うくせに甘やかしてくれる。
この人はぜったい、私には惹かれない。
そういう強さが好きでした。
私は徐々に、アキラくんから離れていきました。
◇
夜は毎晩クラブで遊びました。大学のメンバーともブログの人間とも違う、第三の居場所。
最初はデイイベに通い、場の雰囲気を知ったあとハコを移しました。まだ未成年でしたが、mixiで知り合ったDJにチケットを貰い、私はゲストとして割引券を提示することで簡単に入ることができました。
そこで出会った女の子が歌舞伎でキャバ嬢をしてると聞き、その時給の素晴らしさに、彼女と同じキャバクラで働き始めました。
体入の翌日に本入した私が初めて掴んだお客さんは、ヤクザの偉い人でした。彼は本当に飲み方が綺麗な人で、私に様々なことを教えてくれました。酒の飲み方、男ウケする話題、危険な薬の見分け方、インカジの引き際。
彼はお金を惜しみなく投資してくれる人で、二ヵ月後のバースデーではシャンパンタワー+カルティエの時計をプレゼントしてくれました。
「新人育てるんの好きなんだよね」
週3日6時間で働く私が一ヶ月に稼ぐ額が40万を越えたころ、彼は私から指名を外しました。
◇
人恋しさが募って、なんども人と肌を重ねました。
一晩のひともいれば、食事を交えてデートをする人もいるし、一時的な寂しさを埋めるために寄り添った人もいます。
昼は友達に囲まれながらサークル合宿の行き先を話し合い、休日は隣を歩く年上の恋人が赤坂ホテルのビュッフェに連れてってくれて、仕事は美しいドレスを纏い男の人にちやほやされて、夜は不定期に集まるグループと騒ぎ明かして、趣味で始めたブログは人気急上昇中。
どこにいても私は人から「好きだ」といわれる。
大学生活は「平和」の一言でした。
私はもう、あれだけ激しい感情に苛まれることは、二度とないだろう。
空気か水のように求め合い、思春期ならではの危うさに、どうしようもないほど魅せられ、身体も心も支配されえたまま、一生一緒にいたいと思い詰めた。
一過性の感情だ。
きっと。
もう大丈夫。
私はきっと大丈夫。
連続した災難に疲弊して心を閉ざしていた頃の自分を、「アダルトチルドレンだった」と客観的に思えるほど、心は回復していきました。
もう子供じゃない。
大切なものを次々と取り上げられても、我慢することしかできなかったときの、私じゃない。
ないものねだりだったのかもしれない。
母に愛されず、友に見捨てられ、恩師が突然他界した。
ただそれだけ。
ただそれだけ。
◇
三人目に死んだのは、弟でした。
弟だけじゃない。
義母も、花も、生物教師も。
私が関わった人のほとんどが死にました。
東日本大震災。
津波が、私の住んでいた地域を直撃しました。
◇
携帯を捨てたばかりに、家族との連絡が取れなかった私が、最初に知ったのは花の死でした。
「アイツ、死んだって」
ラクが教えてくれました。
どう返事をしていいかわからず、うん、とだけ答えました。
そうか。
あの子は死んだのか。
そうか。
そのあとも続々と届く知り合いの訃報に、私たちはどうすることもできないまま日々を過ごしました。最初は空元気をみせていたラクも、次第に痛々しいほど憔悴していき、ついに大学にこなくなりました。
目を離せば死ぬのではないか。共通した危うさが、私とラクの間にはあったのでしょう。
友達は定期的に連絡をくれました。たぶんラクにも同じ連絡がいっていたでしょう。
大学から、父から電話が来たと連絡が入ったとき、私は飛び出すように家をでました。
父は仕事で岩手を離れていて、義弟は旅行でパリに行っていたため、災害を免れたそうです。
義母は運悪く、海岸沿いの友達の家へ。
私の弟は家にいました。
ひとりで絵を描いていたそうです。
弟は、一人ぼっちで死んだ。
彼の最期を聞いたとき、あまりにも大きすぎる喪失感に、気が触れました。
私は三階から飛び降りました。
しかし死ぬことはなく、運悪く花壇に落下して、近くを通りかかった人に救急車を呼ばれました。3階程度じゃ死なない可能性のほうが高い。そんなことさえ考えつかなかったほど、突発的な行動でした。
左足の踵骨破裂したのと、頭を軽く縫っただけ。
入院中、だんだんと落ちつきを取り戻した私は、ラクと一緒に岩手に帰りました。
ラクは、私の入院理由を聞くと笑って
「オレも腕切ったけど死ねなかった」
腕をみせました。
そこには白い包帯が巻かれていました。
「静動脈切ったくらいじゃ、死ねないよ」
「…うん。だから頭骨動脈狙って切ったんだけど、骨が邪魔でだめだった。あとから首の頚動脈切ればよかったって気づいたけど、もう怖くてできなかった」
私たちは弱い。
死ぬ覚悟さえ、できやしない。
生きるって、どうしてこんなに苦しいんだろう。
◇
いろいろと迷った結果、花の実家は、ラクとふたりで訪れました。
花の実家は波に流されることはなく、友達と遊びに出かけていた花は、運悪く波に呑まれたそうです。
花の母親はラクを知っていました。夜遊びした日は必ず、男子の誰かが花を送ってました。花のお母さんはフィリピンの人で、私はそこで始めて、花がハーフだったことを知りました。
「あの子と仲良くしてくれてありがとう」
深々と頭を下げられました。
花のお母さんは、私の名前を知っていました。
「あの子、3年生のころずっと、アナタのことを自慢してたの。すごく可愛い女の子と親友になったって。ディズニーランドで、みんなでお揃いのキーホルダー買ったって」
ちがう。そんなんじゃない。
泣きながら話をする花の母をみて、私は死ぬほど苦しい後悔に苛まれました。
私は花なんてどうでもよかった。卒業するまでの時間潰しに選んだ相手だっただけで、あの子のことなんて全然大事にしなかった。花のことをブスと呼んで、気晴らしに連れまわして、私は花を一度だって「友達」として扱わなかった。
きれいごとでまとめられた花の思い出話を聞きながら、私は花との思い出を振り返りました。
花は、どんな子だっただろう。
なにが好きで、誰と仲良くて、どういう人が苦手で、何色を好んで、どんな性格だっただろう。あれだけ一緒にいたのに、なにも知らない。興味すら抱かなかった。
視界が滲み始めたとき、花の母親は穏やかに笑いました。
「ありがとうね。あの子も、今日アナタがきてくれたことを、喜んでるわ」
私は、きっと恨まれてる。
私が連絡するまで連絡してくるなと告げたあのあと、花は私に電話しただろうか。
もし電話をしたなら、接続されない通話に何を感じただろう。
もし辛抱強く私からの連絡を待っていたなら、鳴らない携帯に何を思っただろう。
私はどうして人の気持ちを理解できないんだ。
ゆいにばかり気をとられて、失くしたものだけを指折り数えて、傍にいてくれるひとを見ていなかった。私は被害者ぶった加害者だ。いつだって自分のことしか考えてなかった。
動物を殺してもなにも思わなかった頃の自分から、一歩も成長できてない。
何度繰り返すんだろう。
同じ失敗を、同じ後悔を、同じ痛みを。
たくさんの死に触れて東京に帰った私は、大学の退学届けを受け取りに行きました。
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