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2024年になったのか
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【真澄と千歳】



手を繋ぐことすらできなかった世界が、今日、崩壊するという。

オレは歓喜した。



超高速で走っていた車が突然、ぐるんっ!と大きく一回転した。高級車だ。凄まじいスピードを制御するタイヤが大きな音を爆ぜ、短い閃光を散らした。車道に飛びだしてきた男を避けたのだ。

「おおっ」

「うっわ…」

神業だ。アクセルを抜きハンドルを回すタイミングが絶妙だった。あの運転手はかなり動体視力が良い。アクロバティックな動きをみせた左ハンドルの車は何事もなかったかのように走り去った。オレは千歳と繋いでいた手を離して拍手を贈った。

「すっげー、超パフォーマーじゃん!」

口笛を鳴らす。風のように走り去った車はもう見えない。どんな奴が運転していたのだろう。ああいうド派手なやつは好きだ。

「今の映画みたいだったな!」

「あのオジさん大丈夫かな。顔からコケたけど」

「あの車どこ行くんだろう!」

「…あ、オジサン起き上がった。可哀相に。死ぬの失敗した人ってどんな気持ちなんだろう」

「おれらも車乗る!?」

「乗ってる時間がもったいないよ」

同じ光景をみて違うことを考える。こんなところにも違いがでる。
強制終了された未来に未練はない。だけど千歳が成人した姿はちょっと見たかった。さぞ艶やかに成長しただろう。幼さが抜けた千歳の絶美を想像して口元がゆるむ。さきほどまで抱いていた体のしなやかさが手に蘇った。

オレは空を掴むように両手をあげた。

「オレは20歳になった千歳も抱きたかったー!畜生隕石めえぇ!」

「ちょっと真澄、やめて、マジでやめて」

「成人した千歳の裸をみたか…っ痛で!!」

「やめろ」

こぶしで頭を殴られた。
いてえ、なんて文句を言いつつ、千歳が穿いてるスカートをみて目を細めた。白いニットに淡い花柄のスカート。あめいろの髪。すごくかわいいオレの恋人。

「あーやべえ。オレのためにオシャレしてる千歳がやべえ。超可愛い。どうしよう抱きたい」

「また殴られたいの?」

千歳はそこらへんの女なんか比べ物にならないくらい綺麗だ。だからオレはご機嫌だった。








千歳は物静かな青年だった。
秘密主義というほど徹底した潔癖さじゃない。周囲にとけこむ社交性は人並み以上で、集団からはみ出さない。

二年にしてバスケ部のエースを勝ち取った千歳のストイックな性格は男子の間で好評だったし、知性を感じる口調と物腰の柔らかさは女子の人気だった。

ひとに依存しない自立した青年。特定の和で安定したグループを築くオレとは間逆だ。好きも嫌いも全力のオレは、千歳のように来るもの拒まずなんてできないし、だれにでも平等に接することも不可能だ。好きなやつと無理なやつ。世界はいつも二分化される。

オレたちは決して親密だったわけじゃない。ただクラスと部活が同じだった。なので一緒にいるには都合がいい。それだけが理由で一緒にいた。



千歳の女装癖を知った夜のことを、鮮明に覚えてる。

初夏だった。クーラーの効いた涼しい部屋で、ベットの下にあった女性の下着を発見した。

「おまえ彼女いたの?」

飲み物を持ってドアをあけた千歳に、待ってましたとばかりにブラジャーを掲げた。今思えば、彼女がいるだろうという自然な思考さえ、彼を傷つける因子を含んでいただろう。

千歳の動揺はわずかだった。

ピクリと身体を硬直させ、驚いたように目を見開いた。それだけだ。彼はすぐに動きだして、飲み物をデスクの上においた。そのままベッドの正面にある椅子に浅く腰かけ、悠然と足を組んだ。

「どこでみつけた?」

オレの一挙一動を観察するかのように目を細める。オレは、そんな千歳の余裕が不服だった。

「ベットの下」

「じゃあ昨日のだ。一枚失くしたんだ」

「彼女の私物、そんなに部屋に置いてんの?」

どうにか彼を動揺させたくて放った一言に、しかし千歳は笑みを深めてこういった。

「オレのだよ」

すぐには理解できなかった。
千歳はオレを一瞥すると、静かな声で言った。

「女装癖があるんだ」

黒髪が、Vネックから覗く鎖骨に流れた。
千歳の表情は真剣だった。

見下すように顎をあげる。気位の高いネコのような仕草だった。真剣なまま千歳はつづけた。

「ちなみに、オレは女物の下着に興奮はしない。衣服として普通に使ってる。女にはあまり興味がないから、もしかすると同性愛者なのかもしれない。脱がすより脱がされたいかも」

攻撃的な瞳だった。一度も飼い慣らされたことのない獣の眼だ。怯えてる。そのとき、なぜだかそう思った。心の機微にうといオレが人の心情を察したのは奇跡に近い。

「…女装」

足の先から頭まで眺める。

「千歳が」

女装癖。心の中で繰り返してみる。おんなの格好をしたおとこなど見たことはない。ここは東京のように個性の強いにんげんが馴染める寛大な町じゃない。だから想像した。おんなのかっこうをしたおとこ。自分だったらどうだろう。たぶん、あまり見れたものじゃない。
なら、千歳は?

考えたのは一瞬だった。

想像した千歳は、射抜かれるような美しさを持つ女だった。彼は中世的な顔立ちだ。うすい唇に紅をひいたとしても、千歳になら映えるだろう。

「おまえ、キレーな顔してるもんなあ。女物の服もすんなり着れそう」

千歳は、そこで初めて目をまるくした。

オレは元来、他人に気を遣える性質じゃない。想像した千歳が滑稽だったら迷わず「似合わない」と告げただろう。だから賛同したのは気遣いじゃなく本心だ。千歳も、そういうオレの気質を知っている。

視線を合わせたまま、千歳へと近づいた。

「なあ、女装って下着だけじゃないだろ?他のも見せてよ」

姫の手をとるように指先を引いた。
オレはこの男の、何を知って、何を知らないのか。そのすべてを暴きたいと思った。その時点でオレは千歳に落ちていたのだと思う。
オレたちが性別という垣根を越えるまで、時間はかからなかった。




「うちの母さん、すげえ美人なんだ」

肌を重ねた夜はきまって、千歳は母の話をした。

千歳は己の血筋を誇っている。父が名門大学出身の秀才だったこと。母が優れた美貌をもつこと。幸せそうな顔で、とある家庭の円満な日常をしずかに語る。

「近所でも有名でさ、芸能人なんじゃねえのってうわさが立つくらい」

「へぇ。羨ましいな」

「うん。オレの自慢」

千歳という名は、四字熟語の「千秋万歳」が由来だと、昔に訊いた。 

千秋万歳。子供を身篭っている最中に父を亡くした千歳の母が、『永く生きろ』と願いを込めて名を授けたらしい。

千歳は性と体の違和感に、何度も自殺を考えたという。そのたびに己の名を誇り、上を向いた。千歳は鎖のような親の愛に縛られて、もがくように生きてきた。

「母さんの話をすると苦しくなる。でも真澄に聞いてほしいんだ。おれがどんなに、どんなに母さんのことを尊敬してるのか」

千歳の家に母はいない。
そして、千歳が決して立ち寄らない部屋がある。

母の部屋だ。そこには千歳が自慢する美しい母の遺影がある。彼の母がどう死んだのかは知らない。生前の記憶は何度も聞いたが、彼女の死後について千歳は触れない。千歳は幸せだった時間だけを切り取って、それを支えに生きている。彼は5年前に死んだ母親の死から目を背け、過去の幻影に取り憑かれている。

ゆっくりと壊れながら生きている。

「千歳」

「ん?」

「おいで」

千歳は寂しさを捨てられないから、いっそ愛してみたのだろう。それが彼の生きる術だった。千歳は苦しいと言ったが、たぶん恋しいのだ。もう二度と帰らぬ母の存在が。

オレは、千歳の抱える孤独が愛しい。
彼を宝物のように扱ってやりたい。

「もう、隠すのやめよっか」

「え?」

「学校の皆にもオレらが付き合ってること言おう。堂々と、みんなに話せる関係になりたいんだ」

決意を固めた瞬間だった。
怖がりな千歳が不安にならないように、すべてを明るく笑い飛ばしてやろう。後ろ指をさすヤカラがいたらオレは満面の笑みでこう言おう。

「オレは千歳が好きだよ」

いつの間にか理性が砕け始めていた。

毎日千歳の家に通い、繋いだ心を確かめ合うように体を重ねた。正しいものといけないものの境界が定まらくなって、ぐずぐずに溶けていく。指を絡めあう時間だけが仄暗い幸福だった。甘美な麻薬のようだ。千歳には人を狂わせる能力がある。

千歳だけでいい、と思わせる何かがある。

「ありがとう真澄」

「うん」

「でも、それはやめておこう」

「どうして?」

千歳の顔色が変わった。掠れた声で言う。

「他人に攻撃されたくないんだ」

千歳は切に訴えるように言った。

「人を好きになっただけなのに、それを悪や罪のように非難する人間は必ず出てくる。それがどうしようもなく怖いんだ」

オレは千歳との恋に、後ろめたさを感じていない。だけど千歳は違うらしい。歩けば転ぶことを考え、進めば戻れなくなる距離を考える。彼はどこまでも常識人で、誰よりも平穏を愛してた。

「ごめん真澄。ごめん」

「謝らないで」

「ごめん」

千歳は猫に育てられた犬のように混乱していた。性別と心の不一致、発情する対象の違いに。彼の抱えた苦悩は奥深く根づき、「にゃあ」と鳴く犬のように、滑稽で健気で愛おしかった。

「だけど本当は、真澄と手を繋いで歩いてみたい。学校までの通学路でも、近所のコンビニまででもいい。真澄と恋人らしいことがしたい」

夢を語る千歳の身体を抱きしめる。会話をすればお互いに傷つけあうことは明白だったから、オレたちはくちづけた。

なんて窮屈な恋だろう。手を繋ぎ、寄り添い歩くことすらできない社会に思う。隔離された空間で必死に愛を育む行為は、傷を舐め合う動物のようだ。


壊れてしまえばいい。
オレたちを阻むものはすべて、すべて。


『隕石が落下しました。直径30キロの隕石はブラジルに落下し、現在、地球の反対側は火の海と化しており―――…』


願いが届いたのだろう。
地球は今日を持って終了するという。

オレと千歳は初めて手を繋いで外を歩いた。いま、オレたちの行動に注目する人間なんていない。みんな自分の事で精一杯だ。



地面に転がっていた女の死体を笑って跨ぐ。千歳は嫌そうな顔で避けていた。空には異常気象でオーロラが咲いている。世界の終わりを嘆くようにひらひら揺れている。

「綺麗だな」

「不気味だね」

オレたちはいつも正反対だ。
空を見上げたまま、千歳は独り言のように呟いた。

「これから、どこに行こうか」

風に掻き消されそうなほど弱々しい声だったので、繋いだ手を強く握って笑顔をむけた。

「どこに行きたい?」

「真澄と一緒ならどこでもいいよ」

「オレもだよ」

ずっと考えていた事がある。臆病で生真面目なこの男を、どうしたら幸せにできるのか。いつか、人の目や常識を盾に、オレから離れていく千歳を見送るのが怖かった。本当はずっと、千歳と二人だけの世界に行きたかった。

「死ぬまで一緒に歩いてみよう」

手を繋ぐことすらできなかった世界が、今日、崩壊するという。

オレは歓喜した。





Fin.

あなたが私の愛でした

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