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2024年になったのか
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#1

『憶えていますか?』

届いた手紙に書いてあったのはその一言だけだった。 送り主の名はない。しかし確かに「羽柴祐希様」と書かれているそれは紛れもなく自分宛だ。 薄気味悪い、とは不思議と思わなかった。達筆で流麗な、少し右肩上がりの文字。 それが、まるで何かを呼び覚ますように。 いたのだ。こういう文字を書く男が。記憶を辿らずとも思い出せる。 学生時代、もう 10 年以上も過去の事なのに。 手紙を握る手が震えた。

アイツじゃない。わかってる。きっとただの悪戯だ。こんなもの。 深く息を吸って呼吸を整える。叫びたい気持ちを抑えながら、それでも高鳴る鼓動は何かを祈っている。 沢山の秘密を共有したせいだろうか。それとも多くの知識を、彼から植えつけられたからか。 いつまで経っても色褪せない。ふとした拍子に、彼の言葉が過ぎる。 もう嫌だと。何度も思った。
(嫌な奴)
本当に、いつまで経っても。


□■□


これで最後にしよう。 二つのスコップを抱えて大木の根元に腰掛けながら誓う。 時計の針は深夜 1 時を回った。周囲には誰もいない。風も音も月もない。 とても静寂な夜だった。 広がる闇の中で、母校の校庭に無断で侵入してから、5 時間が経過していた。それも、絶対に来るはずの ない待ち人を求めて。あの有名な忠犬のように。

馬鹿らしいという自覚はある。ぼんやりと眺める視線の先に人影はない。 あたりまえか。 矛盾する気持ちに苛立ちが募る。まるで女々しい。自嘲するように足元に目線を落とした。 まだ期待しているのだ。 最後の言葉に。

『お互い入れるものは内緒な』
『なんで』
『そっちの方が面白いだろ』
『いっそ手紙でも書くか?』
『んな女々しいことできるかよ』

記憶の中の彼が言う。 まるで古い映像を再生するような、曖昧な記憶。 追憶にふける時間が長引くほど気持ちは膨らんでいった。 もしかしたら、と。 膝を抱え込むように丸くなる。なにをしているのか。心の中の自分が嘲笑う。
(もうやめよう)
目を閉じて決意する。 校舎からみた景色。机から眺めた黒板。屋上から見たグラウンド。――すべて過去なのだ。 自分はもう大人になった。

世界がいかに狭いのか、未来がどれほど限られているか。 早く大人になりたいと無表情で呟いたアイツは、本当にこんなものに憧れていたのだろうか。 未知のものに焦がれる気持ちが先走る、どこか不安定な瞳を思い出す。あの男は、未来にどんな希望を 夢見ていたのか。

「水城…」

ふ、と諦めたように微笑する。 自らを憐れむつもりはない。 ただ、思う。 雨の日は気怠いと言い、晴れの日は眩しいと言う、我が侭な男。 文句ばかり連ねるわりに適応力のある奴で、夏はどこよりも涼しい場所を見つけ、冬は暖のある場所を 探し当てた。

快適な空間を探すことに関しては天才だった。 まるで猫のように。 『祐希』 記憶の中の、彼が呼ぶ。

『な?いい場所だろ』

風変わりな奴だった。 攻撃的な人間のくせに、たまに垣間見せる、あどけない表情は奇麗だった。 記憶というモノクロの世界の中で、彼だけが色を持つ。

『憶えていますか?』

残酷な言葉だ。 どうして、お前だけが消えてくれないのだろう。
(…あぁ。覚えているよ)
言えば、満足だろうか。 泣きたくなるほど、鮮明に。

「ゆうき」

闇の中から声がした。 気配もなく、靄のように突然現れたその姿を認め、ゆっくりと瞬いた。 まさかと思った。 伏せていた顔を上げると、信じられない光景を目にした。


「……は、はは…っ!」

均整のとれた肢体が、ゆっくりと夜を裂くように歩いてくる。その姿は、まるで自由でしなやかな獣の ようだ。

「悪ぃ、遅れた」

忌々しいほどに彩のある唇が、愉快そうに歪んだ。 どうやら、彼の性格の悪さはいまだ健在らしい。 時間にルーズな彼はいつもこうだった。待ちぼうけを喰らって、しかしひたすら待ち続ける俺を観察するように、悪気もなくわざと焦らす。

記憶の中と寸分違わないその姿に、軽い眩暈と絶望を感じた。



#2

遅い、と答えた後。 お互い黙々と作業に没頭した。 会話はない。 『あるもの』を捜して大木の下をスコップで掘り起こす。どこに埋めたかは憶えていない。 それどころか、今夜中に見つかるかも分からない。それでも俺はただ黙々と作業を続けた。 一方の水城は欠伸をしたり手を休めたりとマイペースだった。 その姿に呆れ、もう三回以上は叱咤した。 ふと、水城がこちらを見上げた。 俺もつられて顔を上げる。

(……コイツ)
飽きた、と顔に書いてあった。

「なー、本当にここだっけ?」
「…憶えてねぇよ。んな事」
「はぁ?一緒に埋めただろ」
「じゃあ自分の記憶を信じろよ」

苛立たしげに返事をする。 水城はさして気にした様子もなく、スコップの取っ手に顎をついて地面を眺めた。

「目印立てとくんだったなぁ」

素っ気ない声のトーン。気分屋で自由奔放な性格もそのままだ。 楽しいもつまらないも好きも嫌いも態度で示す。くだらない事は鼻で笑うし、少しでも興味が湧けば全 力で身を投じる。 昔から、危ない遊びや博打に熱をあげては冷めての繰り返しだった。

なまじソッチ方面では頭が回る。 彼の悪行三昧を目にするたびに、改善しろと忠告した。 お遊び、では済まされない所まで手を伸ばす彼はどこか危なかった。それでも彼が一線を越えなかった のは、その野生的な直感と嗅覚のお陰なのだろう。 水城は自分の力量を正確に把握した上で、自分に自信を持っていた。他人と一線を保ちながら絶対に心を入れない。孤高で生きる事を苦に思わない人種。

(…憧れていたんだ)
誰かに縛られない生き方は見ていて清々しかった。 計算された優しさも、嘘と本当の境目が曖昧な言葉も。 彼を構成するすべてに憧れた。

「…あ。おい、祐希―」

見つけたぞ。 軽い口笛とともに声がかかる。適当な返事をして、彼の足元を覗き込む。 本当だ、と無感動に思った。 水城はそんな俺の態度を察しつつも何も言わなかった。お互い、暗黙の何かを理解している。
(茶番だな)
きっとこれから予定調和で事が運ぶのだろう。

「お前がとれよ、それ」
「…見つけたのは水城だろ」
「手が汚れるし」
「面倒なんだろ」

仕方ないな。舌打ちしつつ、金属製の古びた箱を土の中から拾い上げる。 箱は僅かに水分を帯びていた。長年の歳月を感じる。十年前の今日に二人で埋葬したあの箱だ。そう考 えると不思議な気分になった。 ゆっくりと付着した土を払う。

「……遅ぇな。貸せ」

そんな俺の仕種に焦れたのか、手の中の箱を横取りされた。 一瞬触れ合った水城の指先は、氷のように冷たかった。 冴えるような月が現れた。

「お、開いた」

感情から一歩距離を置いた冷静な声が、ひとつ。

「なぁ、水城」
「なんだよ」
「手紙送ってきたの、お前?」

視線は箱に落としたまま、静かに尋ねた。目の前が一気に暗くなるような錯覚を起こす。 ――水城の手の中にあるその箱が開けば長年の約束が消える。永遠に果たされないと諦めていた、たっ た一つの拠りどころが消えてしまう。 そう、どこか遠くの国の出来事のように考えた。



#3

この男が傍にいると空気の密度を濃く感じる。感覚の全てを呼吸に集中しなければ倒れてしまいそうだった。

「システムがあるんだよ」
「……システム?」

ふっと息を吐く声がした。

「十年後に、指定した住所宛へ封書を投函してくれる画期的なサービス」

クツクツと喉で笑う。 顔をあげれば、あまりにも間近な距離で目があった。月の光に照らし出される輪郭と、流麗な線を描く シルエット。 その足元に、影はない。

「素敵だろう?ロマンチストなお前なら、きっと喜ぶと思った」

冗談めかした声は優しかった。 猫のように鋭く光る瞳。その艶めかしい色彩に、背筋が震える。ぬばまたの暗闇に一筋の光が彼を照らした。 ――消えてしまう。 咄嗟に思った。

「水城」
「ん?」
「俺を置いてかないでくれ」
「……祐希?」
「頼む、」

掠れた声で、一途に言い募る。これまで冷静だった態度が一変して本音がこぼれた。気持ちが抑えられ ない。人間の中に存在する全ての感情が零れだしたように歯止めが効かない。 あの日も、こんな感じだった。 世界の終焉を突き付けられたような、骨の髄から何かに浸食されるような恐ろしさ。

「水城、お願いだ…」

戻ってきてくれとは言わない。だったらせめて、お前の傍にいさせて欲しい。 ――神に祈るという行為の起原は、こういうものだったのかもしれない。 自分ではどうする事もできない悔しさ、努力ではどうにもならない孤独。

それらを空に叫んだ気持ちが、 祈りに変わったのかもしれない。 怯えるように手伸ばせば力強い彼の手がそれを捉えた。もう片手には二人で埋めた秘密を持って。 祐希、と名を呼ばれる。 どうして彼が紡ぐ自分の名前は、こんなにも彩られて響くのだろう。


「くだらない事言うなよ」
「どうして」
「……中身、取り出せって」
「嫌だ」
「祐希」
「だって!!」

怒鳴るように訴える。全身に冷水を浴びたように身体が凍った。 こんなものじゃない。こんなの心の空虚のほんの一部にすぎない。どれだけ、俺が。
(お前にわかるか?)
たくさんの人に出会った。彼のいない十年間で。それでも一度きりの人生を有意義なものにしようと努 力した。
(でも)
あぁ、この気持ちをなんて表現すればいいのだろう。

「また、俺の前から、いなくなるんだろ…?」

死ぬほど大事なんだとか、お前がいないと辛いとかそんな陳腐な言葉を吐きたいんじゃない。 依存でも執着でも愛情でもない。俺は一人の人間に安心を求める程脆くない。 だめだったんだ。何もかも。 それが結論であり、真実だ。
(水城…)
泣き出しそうにくしゃりと歪んだ顔を撫でる指先は、それでも断固として俺の手を引こうとしない。目 が眩む程の怒りと不安に、頭がおかしくなりそうだった。プライドも何もない。この約束だけを頼りに、 今まで生きてきた。 答えは至ってシンプルだ。

「おれにはもう……、そんなの耐えられない」

お前は、俺の世界に必要なひとだったんだ。



#4

この奇跡は一度きりだ。 声をあげて叫ぶ俺を水城はただ困ったように見るだけだった。 二人で掘り起こそう、箱の中身は二人で確認しよう。約束は、ここまでだ。 俺はまた、一人になる。


「なんで、還ってきたんだ」

俺たちを繋いでくれた糸が切れる。焦がれた夢は幻になる。そんなもの俺は望んでいなかったのに。 果たされなかった約束を理由に、俺は解放されるはずだった。

手向けの花束なんて俺には無理だ。無理だからお前のせいだと押しつけて逃げようとした。たとえそれ が、エゴだとしても。


「どうして……、一緒に大人になってくれなかったんだ」

酷く幼稚で、最低な言葉だ。わかっていて止まらない。 誰よりも大人になりたいと願った、何よりも世界を愛した人。どうして神は、コイツをこんなに早く逝 かせたのだろう。 弱さを受け止める度量すらない。そんな惨めさすら肯定してくれたのはお前だったのに。 唯一の人さえ失って、それでも俺に、生きろという。
――もう、ゆるしてくれ。


「お前のために……いや、お前を理由に俺は逝きたい」

全てを出し尽くした。 これ以上ないくらいに醜態をさらした。吐露した言葉すべて俺が抱えてきた重荷だった。 もしかしたら、と望む一方で、もうじき終わるだろうと思う。 時が、迫っている。

「…祐希は、変わらないなぁ」

どれだけ大人になっても。吐息のような軽さでそう告げて、水城が唇を綻ばせた。 ――ほら、と思う。 自分で支えきれない感情を、彼はなんなく受け止める。水城は縋り付く腕を振り払う事をしない。それ を優しさと呼ぶ事に気付かずに、狡猾な詐欺師のような顔をする。

「昔からずっと思ってた。誰よりも常識人ぶるくせに、意外と不真面目だよなって」

誠意に欠ける。孤独を怖がる。変化を嫌う。すぐ諦める。 歌うように人の欠点を並べて、挑発そのものの瞳で口元を吊り上げる。 かなり巧みな微笑だ。平静な声。乱れない呼吸。推し量る様な視線。
どれも彼そのものと変わりなかっ た。

――だからこれはっきっと、俺の願望なのだろう。彼の表情が泣きだすのを堪える子供のように見えた のは。


「つらい?馬鹿なことを言うな。人は平等に独りだよ、祐希」

睦言をささやく恋人のように、どこか遠くを見つめる瞳で甘く告げた。 繋いでいた手が放されて、少しばかり距離ができる。大袈裟に肩を竦めてみせるその姿は舞台役者のよ うだと思った。 掴みどころのない性格。卑屈的な物言い。冷静で的確な指示のように、彼の持論は常にぶれる事がない。

「終わりだよ、祐希。……俺はもう、お前の傍にいてやれる事はできないんだ」

しかし、無神経を装って告げる彼の表情が悔しそうに歪んだのを見逃さなかった。首をかしげる仕草が 懐かしい。

「…わかるだろ?」

醜さの果てにこそある美しさを知っている男だった。人がいつか死ななければならない摂理を、嘆く人 ではなかった。 こんな表情を彼にさせているのは、紛れもなく自分なのだ。



#5

差し出す手が戸惑ったのか、受け取る手が震えたのか、蓋をずらして重ねた箱がカタリと音を立てた。 箱を手元に引き寄せて蓋に手をかける。同時に視界が大きく揺れ、体が大きく前方へと傾いたのでぎょ っとした。 抱き寄せられたのだ。


「…手馴れてんなぁ色男」

湿った手のひらを隠すように握りしめると、ふっと耳元で笑う声がした。 完全に不意打ちだった。 こんなに密着しているのだ。見事に身体が硬直してしまった俺の震えなんて、もうバレているのだろう。 水城が息を吐く。

「もし俺と祐希が」
「あ?」
「死に別れの恋人だったら」
「寒いこと言うなよ」

掠れる声で低く呟く。 彼の一挙一動に振り回される自分に心底呆れてしまう。

「こんなとき、なんて言えばいいんだろうなぁ」

その身体を強く抱き締めれば、それ以上に強く抱いてくれる腕。決して気のせいではない。押さえつけ るような力強さに、いっそこの息が止まればいいと思った。 ふっと、自分の頬を伝い落ちた熱に、人は幸福でも泣けるのだとはじめて知った。

会いたかったんだ。
ずっと。

だんだんと意識が遠のいて、夢と現実をただよう夢の狭間のような強烈な浮遊感に襲われた。 急速に歪み始める視界が、思考を食い潰すように迫り来る。 あぁ、と思う。 随分と一方的な別れだ。


「…水城、俺」
「やめとけ、それ以上は」
「どうして」

水城の唇が耳に触れた。

「俺はお前を追い詰めたいわけじゃない」

脳髄に直に流される言葉は、まるで心の奥まで刷り込むようだ。刻めるものなら、刻みたい。 久遠に消えない刻印のように、生涯ただ一人心に触れたこの存在を。

「最後まで逃げんのか」
「俺は卑怯だからね」
「…俺の存在って軽いよな」
「は?」
「お前にとって」

酷く思い詰めた声に、嫌でも自分の本音を悟った。 言葉数は少なくとも伝わってくる優しさがあった。他人との間合いを誰よりも理解してる。

誰とでも適切な距離を保つ彼は、しかし自分だけには違った接し方をした。そんな彼を、おれは。 お前が、俺だけのものになってしまえばいいのに。


「喉笛を」
「ん?」
「掻っ切ってやりたい」
「…ははっ、最高」

目が笑ってねぇよと笑われた。 呼吸も心臓も脈も感情もすべて支配して、独占したい。この男の心臓に噛跡が残ればいいと、切に願う。 いつだってまっすぐに、悲しいほど俺のベクトルはこの男に追い縋る。 ふと、顔に影がかかった。

「お前は、俺の―――― 」

よく響く低い声が耳に流されて、そこで視界は途切れてしまった。



#6

家に帰り、真っ先に手紙を確認した。 ガタガタと騒音を立てながら部屋に戻る。二段目の引き出し。勢いよく開くと、例の真っ白な手紙があった。 どこからが夢で、なにが現実だったのか。判別がつかないままに、手紙を抱きしめる。


ふと目覚めたのは午前6時を回った頃だった。 大木の下で身体を丸くして寝ていたらしい。

身体のあちこちが悲鳴をあげて、痛む首を支えるようにし て歩いて帰った。 目覚めた時、辺りには誰もいなかった。だんだんと覚醒する意識が、カプセルの存在を思い起させた。

すぐ傍に落ちていたスコップに汚れはなく、それどころか地面を掘り起こした形跡がなかった。 しゃがみ込み、ぺたぺたと土を触りながら這いずるように地面を凝視して進み、水城が立っていた場所 からスコップを向けたであろう地点を探った。 自分は所々掘り起こしていたが、あの男はめんどくさがって一か所に集中して掘っていた筈だ。



――たかが夢だと、そんなことは分かっている。

だけど縋りたい。 たった一つの希望を残して蓋を閉めるような事はしたくない。 家に帰ると、幾分か気持ちが落ち着いた。 いま目の前に置いてある、角の尖った長方形の箱は所々錆びていた。 水城が発掘したものはもう少し小さかった。

しかし土から取り出したとき指先に感じた水っぽさの感覚 は同じだった。 夢だったのだろうか。 あの出来事、すべて。 ぼんやりと考える。 夢にしては明確過ぎる。しかし現実だとすれば痕跡が見当たらない。 すぐに中身を確かめたい気持ちと、これで全てが終わるのだという絶望が交互に混じり合う。


―――くれると、彼は言った。 それは自分が都合よく作り出した幻想だったのかもしれない。 いま冷静になって思えば彼は感極まって人を抱きしめるような男じゃない。一歩引いたところから人を 眺めるのが彼のスタンスだ。 よくもまあ、自分は彼を美化したものだ。 あれが夢なら。彼が本当にあのとき、来てくれなかったのなら。

だったら俺には、この箱を自由にする権利がある。あの男が何を言おうと、俺の勝手にさせてもらう。 腹をくくるというよりは開き直るといった言葉が正しいかもしれない。 見つめていた箱の蓋に触れる。ゆっくりと力を込める。なにもかもが緩慢で、現実味がない。 乱暴に箱を開いて、中身を取り出す。


「―――…、 」

手のひらに落ちてきたのは、ひとつのシルバーリング。 どうして。 何が起こっているのか理解が追いつかなかった。

「だって、これは…」

俺が、水城に渡そうとしていた指輪だった。 十年前、彼が死んだあの日。 彼と共に、埋葬した、あの。 錯乱したまま、それをくるくると手の中で回して確かめる。 よくよく観察してみると、それは俺が彼宛に選んだ指輪よりも一回り小さいものだと気が付いた。

「なんだ…英語…?」

そして見つけた。 小さく刻まれた文字。 ―――――息を呑んだ。

「―――…」

文字を読んで絶望した。 望めば触れられた指先も乞えば与えられただろう言葉も、もう、今更なのだと思い知らされた。

「――……みずき」

なぁ。卑怯者。 お前はまた、逃げるのか。 こんな言葉を残して。


You are my first love. You are my peace. You are my hope. You are my happiness.
――――You are my life.

『あなたは私の人生でした。』






Fin.

15歳の私へ
単語で文章を区切りすぎ。




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