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2024年になったのか
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横断歩道の信号待ちで突然、多々良先輩が千夏さんの肩を抱いたのでぎょっとした。
背の高い千夏さんの体がおおきく傾いて、多々良さんの体にぶつかる。千夏さんは凛とした表情をきょとんとさせて、上目遣いで首をかしげた。

「なに」
「あれさぁ」

多々良先輩が声を潜ませる。

「どれかわいい?」
「ん?…ああ」

主語もなく突然始まった会話だったが、二人には通じあっていたらしい。突然先輩に肩を抱かれた我らがマネージャーは、さしたる起伏も見せずに遠くを眺めた。

「右から2番目の茶髪」

千夏さんがいう。多々良先輩が笑った。

「うわぁ趣味悪いねおまえ、オレなら」
「いちばん左の黒髪美人でしょ?あーゆーキツそうな子好きですよねぇ、多々良先輩」

オレは聞き耳をたてながら周囲を見渡した。
道路を挟んで向かい側に女子高生のグループがいる。6人組。右から2番目が茶髪で左には黒髪美人。うわぁと思った。この人たち女子高生の品定めしてんのかよ。
千夏さんが多々良先輩の肩にもたれかかった。気品のある美人として有名な千夏さんの、甘えるみたいな仕草にドキッとする。

「あの黒髪ちゃん、パンツ何色だと思います?」

爆弾発言だった。千夏さんは確かにパンツと言った。パンツとは下着である。美女が美人のパンツの話をしている。不思議な光景だった。多々良先輩が、進路に悩む学生のように深く唸る。

「白の…フリル!」
「赤のヒモパンですよ」
「んなワケねえだろ」
「いくら掛けます?」
「ゴディバ五千円分」
「言いましたね」

肩を寄せあい、おたがいの耳元に囁きながらくすくす笑う。はたからみれば美男美女のカップルなのに、会話の内容が残念すぎた。それに、ここは公道で、我々バスケ部は練習試合に向かう最中なのである。現在進行形でふたりをみてるのはオレだけだ。他のやつらは、携帯を弄ったり隣の奴と会話したりしながら暇を潰している。

主将の多々良先輩と、一年のマネージャーがあれだけ親密であったことを、オレは今日初めて知った。
いや、初めてというには語弊がある。薄々感づいてはいた。上下関係を重んじる千夏さんは多々良先輩に対してだけ不意に敬語が抜けたりするし、誰からも慕われるリーダー気質の多々良先輩が、千夏さんに対してのみ我侭をいったりする。その姿は男女というより悪友のようだった。
2学年離れた二人が、いったいどんな関係であるのかは甚だしく謎であるが、少なくとも恋人ではないのだろう。
だって女子高生のパンツの話をしてる。

「なあ、確かめたくね?」
「そんなこと言って。見たいだけでしょ」
「それもあるけど」
「えっち」

ぞっとするほど艶やかに、千夏さんが笑った。
オレは千夏さんと出会うまで、人の笑顔にこんな攻撃力があるなんて知らなかった。千夏さんは表情一つで人の心に侵食する。美しい麻薬のようなひとだ。きれいなものは苦手だった。人でもものでも。自分の意思とは無関係に心を刺激されるあの感覚が好きじゃない。

千夏さんが腕を持ちあげた。
女子高生のほうを指差すように、間接を軽く曲げた状態で地面と平行に手をかざす。
電線に止まっていた集団のカラスが、一斉に羽ばたいた。

「ゴディバ、約束ですよ?」

小石が、スニーカーにぶつかった。
ん?と思って足元をみる。なんの衝撃も与えていない、ただ落ちているだけの小石がなぜか動いてる。規則性はなく、左右にころころ揺れて、上下に軽く跳ねる。
ポルターガイストだ。しかし、こんな小さい心霊現象に悲鳴をあげるワケにもいかず、オレはちょっと困惑したのち、顔をあげた。
瞬間。

「きゃあ!」

遠くから悲鳴が聞こえた。後ろの男からは口笛が鳴り、多々良先輩の横顔は「げっ」という風に顰められ、千夏さんの顔はみえなかった。
そしてオレは見てしまった。
前方にいる女子高生のスカートがふわあぁっと捲りあがった瞬間を。
声に釣られて女子高生をみたのはオレだけじゃない。たぶん、信号待ちをしてるバスケ部もサラリーマンも私服のおっさんも、みんながあの女子高生たちをみた。
なかでも多々良先輩が可愛いと絶賛していた黒髪美人のパンツに、男どもの視線は釘付けだった。

「…白のヒモパン」

誰かが重々しく呟いた。神の名を呼ぶように神聖なる声で発せられた馬鹿な一言に、近くにいた女の目が鋭さを増した。

信号が青に変わる。多々良先輩と千夏さんはくすくすと笑い声を押し殺していた。「ちょう最悪ぅ!」ときゃあきゃあ騒ぎながら歩いてくる女子高生とすれ違う。多々良先輩が千夏さんの肩をひじで突いた。千夏さんは笑いを堪えながら、そのひじを手で叩いている。

「この場合どうするよ?」
「どうしましょうねえ」

ふたりは普段どおりの距離感を取り戻し、先輩とマネージャーとしてのポジションに戻っていた。わずか30秒に満たない不思議な現象は、前を歩く先輩ふたりと、その真後ろを歩いていたオレしか知らないだろう。

世界には不思議なことが沢山ある。
いまの現象もきっと、そのなかの一つだろう。

考えを一通りまとめたオレは、今日の練習試合勝てるといいなと思いながら信号を渡りきった。





Fin


ふしぎな話


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