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2024年になったのか
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集団のなかには必ず、足並み揃わないやつがいる。
小鳥はそういう子供だった。ここだよ、と指定された場所に留まらない。


空を飛べる小鳥のように、パタパタと羽を散らして飛び回る。
天を射るように翼を広げ、空に投身するように高く飛ぶ。
集団の多くは小鳥に羨望の眼差しをむけた。小鳥の個性を自由と呼んだ。


集団が美しいと称える小鳥の翼が、オレにはとても怖かった。


落ちるんじゃないか。
漠然とした恐怖だった。いつもハラハラした。緩急の激しいその飛び方に。
風に身を任せて翼を傾けるとき、力尽きたように羽を閉じ、地面ギリギリで上昇するとき。


だからオレは小鳥がいつ落ちてもいいように、彼の飛ぶ空の下を這い回った。
地面を腹で這い生きる蛇のように、首だけを高くあげて。

受け止める両手も、支える翼も、止まり木になる力もない。
だけどクッション代わりにはなれる。



そうやって小鳥の真下を這ううちに、いつしか集団とも逸れ、オレは安全からも自由からも遠ざかっていた。




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中学三年、梅雨も本番。
この頃から小鳥は本格的に音楽にのめり込んだ。すべて独学だ。音感を身につけたいと言った小鳥が最初に手をつけたのはピアノだった。

部活を引退し、県内で一番頭の良い高校から推薦を貰った小鳥は、合格祝いにピアノを買ってもらった。



「地下の防音室をオレの部屋にしてもいい?」



この頃、小鳥の一人称は「オレ」に変化していた。
小鳥がいつ自分の呼び方を変えたのかは知らない。互いの家にいても言葉を交わすことが少なくなっていた。


仲が悪いわけじゃない。
放課後は毎日いっしょにいる。
二人で様々なレコードを聴き、音調を確かめ、楽譜を読んだ。
その空間に言葉はいらなかった。
ただ、それだけだ。



小鳥は、二階にあった自室と、物置に使用していた12畳の広い地下室を交換した。
地下室には窓はない。
窓がない部屋は心が塞がると、小鳥の母親は止めた。
しかし小鳥は、持ち前の美しい顔で「ゆずるがいるから大丈夫」と心にもない嘘を吐いた。



小鳥の依存は度を過ぎている。
どことなく察していたのだろう小鳥の母親は、小鳥とオレの関係に不安を抱いているようだった。


高校受験が迫っていた頃だ。
なにをどう勘違いしたのか、小鳥の母が深夜に尋ねてきた。
手に菓子折りを持って。



「少し変わった息子だけどよろしくね」



その挨拶には度肝を抜かれた。
進路を聞かれ、とくに決めていないと返せば、小鳥の母は切羽詰った顔でオレに頭を下げた。



「小鳥を見捨てないであげてちょうだい」



人様の子供の進路にまで口出しはできない良識と、我が子を心配する母性が入り乱れた、深く憔悴しきった顔をしていた。
並々ならぬ様子に、何事かと焦ったオレの母親は血相を変えて「アンタ小鳥くんに手を出したの?」と玄関で大声を出した。


あのときは本気で眩暈がした。



「あっ…はははっ! ひゃー、おっもしろ」

「笑い事じゃねぇよ馬鹿」



近くにあった枕を投げ飛ばす。小鳥は笑いながらキャッチして、それを腹に抱えてまた笑う。
呆れたやつだ。自分の母親がしでかした行動に、まるで我関せずな顔をする。

ひとしきり笑い転げたあと、小鳥はにっこりと笑って自らを指差した。



「オレ彼女いるんだけど」

「知ってるよ。つか、そういう話は家族にも話せよ。お前の母さん、小鳥にはオレ以外の友達がいないと思ってるぞ」

「まぁまぁ」



コイツの変わり者気質はたぶん母親の遺伝子だ。行動がいささか浮世離れしている。
小鳥はくるくる回転する椅子の背を抱き、二ィ、と口角をあげる。



「それでなんて説明したの?まさかオレとゆずるが付き合ってるって思わせたまま放置?」

「だって慌てて否定したら怪しいだろ」

「そこで黙り込むほうが怪しいよ」



どっちもどっちだ。



「いっそオレの両親にも彼女紹介しに来いよ」

「いつか別れるのに?」

「別れる前提で付き合うな」



何人目ともしれない彼女の存在を思い描いて溜息を吐く。
小鳥の女癖の悪さは、いまや頂点を極めつつある。

校内の美女は全部お手つき。
悪名高い小鳥のうわさは後を立たないし、彼も己の行動を改める素振りがない。

性に奔放なのか女が好きなのかは分からない。
この手の話題は振ったこともなければ振る予定も無かったのだ。
今回の騒動がなければ。



「なんでお前、大事にできないもの持ちたがるワケ?」

「できるできないなんて、そのときにならないと解らないじゃん」

「わかるだろ。自分の性格考えろよ」

「人間なんて、いつ死ぬかわかんないし」



半目で視線を上下させる。
どこからどうみても健康体の幼馴染だ。



「おまえ、死ぬ予定あるの?」

「ゆずるは神様ってなんだと思う?」

「はあ?」



突飛な言葉に思考がついていかず、間の抜けた声が出た。
やや身構える。



「なんだよいきなり」

「パッと思いついたことでいいよ」

「…小鳥は賢いからパッと思いつくんだろうけど、普通の人間はそういう浮世離れした話はパッと閃かないんだよ」

「神の存在は証明できない。だからこそ考えは無数に存在する。オレはゆずる個人の考えを聞きたい」



オレはベットに座ったまま立てひざをついた。
こういう話は好きじゃない。



「…”生物として人間が頂点に立つことを、ひとはどこかで恐れてる。”」

「ああ。なんだっけそれ。なにかの本に書いてあったね」

「いちばんにならないための保身だろ」

「それゆずるの考えじゃなくて教科書の引用じゃん」



ゴロゴロと篭もった音がした。外で雷が鳴っている。
地下の窓の無い部屋で聞こえたそれは、錯覚だろうか。



「ゆずるとオレの関係って、……に、似てるよね」


その呟きは聞こえなかった。
小鳥は考えるように目を伏せた後、感情の読み取れない瞳でオレを見据えた。



「ねぇゆずる」

「なんだよ」

「ゆずるは、高校どこに行くの?」



手に持っていた楽譜が落っこちた。頭が思考を止めて真っ白になる。
小鳥はいつもと変わらない穏やかさでオレを見ていた。

なんだか酷く苦しいと思ったら、息を止めていたらしい。ふ、と吐き出すように半笑いした。

コイツはいまなんて?



「…高校?」

「うん。え、まさかゆずる、まだ決めてないの?」



冷水を浴びせられた気分だった。

音が一気に遠くなる。耳元で鉄砲を撃たれたようだ。喉が焼かれたように声が出ない。
オレは目をきょろきょろと動かし、何回も瞬いた後、縋るように小鳥をみた。


「まだ、特には…」
「ふぅん。そうなんだ」


期待を込めてぼかした最後の希望さえ、残酷に否定される。
繋いでいた手を離されて、突然ひとりにされた気分だった。


「この時期に決めてないのはやばいんじゃない?」


一緒の学校に行こうよ。中学に進学した頃のように、小鳥の言葉を待っていた。


だけど、それ以降、小鳥の口から進学に関する話題が出たことは一度も無かった。





高校三年、冬。



「ゆずるくんは高校どこにいくの?」



ピンポイントで触れられたくない話題を、白雪姫は無邪気に聞いた。
春夏秋冬にあわせて4回ある席替えで、オレと白雪姫は春と冬で隣の席になった。

新しい学年が始まった春と、卒業を控えた冬。
はじまりと終わりの季節を隣で向かえて隣で見送るのだ。


不思議な気持ちだった。
こんなにも親しく話しかけてくれる白雪姫の名前を、オレは知らない。



「どうしようかな」



机に頬杖をつきながら口元で笑う。白雪姫は驚いたように目を丸くした。



「まだ決めてないの?」

「うん」

「先生になにも言われないの?」

「散々言われたよ」



うっすら笑う。
なんども瞬いてオレを見つめる白雪姫は相変わらず綺麗な黒髪をしていて、なんとなく手を伸ばしてみた。



「わっ…」



白雪姫が身を竦ませた。オレは聞こえなかったフリをしてその髪に指を絡めた。
猫を撫でるような気持ちで触れた髪は艶やかで手触りが良い。その毛並みの良さは誰かを連想させる。



「ゆ、ゆずるくん!」
「ん?」



白雪姫が身を引いた。
指に絡めていた黒髪がさらっと水のようにこぼれて指先を通り抜ける。
白雪姫は華奢な体を強張らせ、オレをじっと見つめた後、じんわりと頬を赤らめた。
ぱくぱくと動く唇が可愛い。


なにも考えたくないなと、唐突に思った。
何も考えたくない。


身を任せ、心を渡し、誰かの声に従いたい。
オレは我侭な小鳥が嫌いじゃない。
命令されたから傍にいたんじゃない。

自分の意思で、王様のように傲慢で身勝手な小鳥の隣に居座った。
だから、小鳥がわがままを言ってくれないと、オレは何を目的に生きればいいのかを見失う。



「キミはどこの高校に行くの?」



あまりに怠惰な心は、もう誰でも構わなかった。
オレが望むのはすべてを決めてくれる存在で、オレを欲しがる子供のような小鳥だった。

オレの記憶に小鳥がいない日なんて一日もない。小鳥が年月を費やし作った自我の無いオレを、アイツ自身が捨てるというのなら、オレは何のために生きてきたんだろう。

ずっと二人で生きてきた。
オレだけがそう思っていた。



「オレ、キミと同じ高校に進学しようかな」



小鳥が隣にいないなら、この世界のどこで生きたってオレは一生、独りぼっちだ。







成績は悪くなかった。
いや、悪くない、なんて温いものじゃない。
上位は常にキープしていた。

そこで初めて、自分は選ぶ側の人間であることを理解した。
未来は無限に広がっていた。

だけどオレは選ぶことをしなかった。

そこに教師がいれば教師の薦めに従ったし、親に希望があるなら反発せずその進路を歩んだだろう。
そこに偶然、オレがオレを投げやりに扱っていたその時期に、隣にいたのは彼女だった。


名前も知らない、ただ何度か隣の席になったことがある、小鳥と似た髪質をもつ女の子。


不思議な子だった。
ただ、仲が良いわけでもない男の拠りどころにされて、動揺するどころか受け入れるように口元を綻ばせた彼女をみたとき、仄暗い歓喜が胸を満たした。


進学先は彼女と共に決めた。




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跪く男第3話。
私にとって読んでくれる相手がいるのかも解らない話を書き続けることは、マスターベーションに似た感覚がある。





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